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仙石氏の城修復は真田氏の縄張りを基に行われ、各虎口には石垣をもうけ、

本丸には7棟の二層隅櫓と2棟の櫓門を設けたそうです。 

 西櫓だけが、途中修復はあったものの当時のまま残されているそうです。 

 櫓内の芯柱には仙石氏の刻印も残っているそうです。 

 屋根の鬼瓦には、松平氏の家紋・五三桐が描かれていますが、松平氏の頃に屋根の修復も行われた様です。 

 廂は漆喰で塗り固められた寒冷地仕様になっており、

一層の屋根に並べられた瓦は二層の屋根の氷の落下に備えたものだそうです。 

 西櫓は、上田市博物館として使われたこともあったとか。

西虎口の桝形の石垣の上に、二つの窪みが見えます。 

 櫓の柱を建てた跡だそうです。

本丸跡・ここに有った木も民間払い下げで、かなり切られてしまったそうですが、

その後公園として植樹された木がかなり大きくなっていました。  

第一次上田合戦時の記録では天守はなかったそうですが、

発掘調査の時に金箔鯱瓦も見つかっており、

もしかすると第二次合戦の頃には、天守閣があったのかもしれないとの事でした。

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